ものを持たない人々

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日々を過ごしていて、新しい価値観に気づくたびに、こういう時こそノートを書いていてよかったなと思う。新しい価値観に気づいたからノートを書くのか、それとも普通に書いていると、新しい価値観に気づくのかはわからない。新しい行を追加して並んだ行を眺めているうちに、自分はこういうことを考えていたんだなと気づく。

さて、「もの」を持たない人に出会った。ミニマリストとはちょっとジャンル的に違うので書いてみようと思う。どういう人かというと、親元で暮らしている30代の男性の話だ。自分の部屋というものが無いそうだ。驚いたのは、自分の所有物もほぼ無いと言っていた。趣味はなんとなくスマホでゲームをする程度。両親が使用している箪笥などがある衣装部屋に布団を敷いて眠り、起きたら布団をたたむ。自分の居場所は特に無く、居間で過ごす。パソコンもゲーム機も本も持たない。日々増えていくようなものもない。何かを収集することもない。あまり異性にも興味は持たない。仕事は毎日出勤して真面目に働いている。

自分の中ではかなりの衝撃だった。僕の場合は、日々何かが増えていく。本屋に行って、あこれ面白そうと思ったら、大切そうに両腕に抱えて帰り、自宅の本棚にものすごい音を立てて(例えば「ズドーン!」等)突き刺さるわけである。アナログゲームが好きで、棚にはずらりと自分の好きなゲームが次々と並んでいくという生活を送っている。

彼は、趣味が無いわけではないけれど、所有するという欲をあまり持たないのかもしれない。多くの人はストレスに対処したり自己回復に「パーソナルスペース」を求めると思っていた。もしかすると他にリラックスできる場所、例えば職場や、なんらかのサードプレイスがあって、あらゆるストレスから回復できている可能性もある。子どもの頃から個室がなく、リビング中心で過ごすのが当たり前だったなら、個室へのこだわりも薄くなるのかもしれない。

自宅は「寝る場所」であると割り切る人もいる。部屋そのものよりも、誰にも邪魔されない時間が確保できていれば、それだけで良いと考えるのかもしれない。自分だけのテリトリー(境界線)よりも、人との距離の近さを大切にするという考え方もありそうだ。

一般的なミニマリストと彼の違いについて考えてみた。

項目 ミニマリスト(一般論)
動機 能動的:物を減らすことで、本当に大切なもの時間に資源(お金、注意、空間)を集中させるという明確な目的がある。 受動的・消極的:所有欲や趣味への関心が薄い、あるいは親元での生活環境に起因するなど、結果として物が少ない。「持たないことを選ぶ」というより、「特段持たない」。
生活空間 自身のパーソナルスペース(家/部屋)を、快適さ、機能性、または美意識に基づいて、自らの意思で最適化する。 自分の部屋がない。生活空間(居間、衣装部屋)は両親と共有しており、自身の所有物を置くための専用の場所がない
趣味・消費 趣味は持つことが多いが、そのための道具や本などは厳選される。またはデジタル化を選ぶ。 趣味は「なんとなくスマホでゲームをする程度」で、所有物が増えるような趣味自体が少ない

同じくものが無いという結果ではあるけれど、能動なのか受動なのかで大きな差があると思った。生活の構造が関係していると思うけれど、所有を前提としない生活というのもあるんだなと思った日だった。

あなたにとって家とはなんだろう?「頭の上に屋根があるのが家です」「暖かいベッドがあるのが家さ」「家というのは暖かく愛情に満ちていて安心できるところです」「私の苦労と努力の結晶、それが家です」「ママがいるのが家だよ」「パーティの合間に着替えに帰るのが家さ」「裸で歩き回れるのが家ね」

ヒッピー/LAMY・モレスキン・トラベラーズノート好き/そしてアナログゲーマー

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